何も解決はしない

結局お説教された内容ってのは、「お前は動かない」ことの一点に尽きる。
何でも電話で、小手先で解決しようとする。それじゃあ不満のある客は納得しない。とにかく現場に行け。電話じゃぎゃーぎゃー騒ぐ相手でも、実際にあったらそうでもないだろう?
一切の虚飾を剥ぎ、将来とか周囲への配慮とか倫理とか自分への評価とか正しさとかを完全に削ぎ落とした上での俺の回答は、こうだ。
「面倒くせえ」
サタン(高慢=プライド)に売る魂はないが、ベルフェゴール(怠惰)が「売ってくれ」と言うならば喜んで差し出すのが俺だ。
どう言い訳を取り繕うとしても、いきつくところはこれしかない。これが他のあらゆる全ての理由を圧倒してしまう。
人に誇れるような努力など、生まれてこの方したことがないと確信するこの俺に、結果として全てをその場その場で適当にやってきたこの俺に、何故勤労などと言うものを期待するのだ。
俺がピザなのは運動が嫌いだからだ。ごく単純な理由だ。
「息をするのも面倒くせえ」を寝てる間に実践して死にそうになるのが俺だ。呼吸マスクなしで寝ると、朝起きたら心臓がバクバク言ってるのが俺だ。
綿密な事前の準備とか計画性とか、そういうのは全く思いもよらないのが俺だ。旅先で何台もプリンタやパソコンを買うのが俺だ。
もっと体を動かせば解決だ。御説ごもっとも。本当にそのとおり。それが仕事を円滑に回すためのコツと言うものであろう。認めるしかない。疑問をさしはさむ余地などどこにもない。
だからなんなんだよ! 世の中の全員が正しいことをそのまま実行できるとでも言うのかよ! それができてたら社会問題なんか存在する訳がないんだよ!
だけど、正しいことは認める。だから、その場では決して反論はしない。神妙に聞いている。それは言われた指摘が、客観的に見て正しいからだ。社会力学的にも、人間心理的にも、ライフハック的にも、反論の余地はないからだ。認めるしかないからだ。
だが、それを実行できるかどうかは全く別の問題だ。
もっと言うならば、わからないんだ。どうやったら体が動くようになるんだ? どうやったら努力できるようになるんだ? 俺には正直さっぱりわからないんだ。
「努力すれば努力できるようになるよ」みたいなことを言ってもわからない。そりゃ、缶切入り缶詰と同じくらいの矛盾だろう。
「考えるな! 動かすんだ!」考えないと体は動かないだろうが。馬鹿も休み休み言え。
世の中にはやってる奴もいるだろうさ。けど、そいつらはどうやったらなれたんだ? 目的意識か? 目的意識があれば自然に体が動くのか? うん、ひとまずは納得だ。だが、その目的意識を持てなかったらどうするんだ? どうやっても持てなかったらどうするんだ? 高見盛のヌードで抜けるか? 無理無理、絶対無理。
もうね、努力とかなんとか以前に、ここまで来たら認めざるを得ない。生まれた時から大事などっかが欠けてんだろ。客観的に見て。
こんな人間が人並みの生活しようなんて考えるのが間違いなんだ。そもそも人並みってものが俺にはさっぱりわからんのだが。
悩んでも変わらないし、悩まなくても変わらない。なんだ、結局どうやっても変わらないんじゃないか。バカバカしい。結論は一つ。考えるだけ無駄。それでいいか悪いかを考えるのも同じくらい無駄。考えたって変わらないんだから。
考え抜いた結果がこれだよ!