遺したくない著作権者と未来永劫残したい図書館

 気に入らない遺され方を拒否する著作権者がいるとは失念していた。 - 永字八法の続き。
 はてなブックマーク - 気に入らない遺され方を拒否する著作権者がいるとは失念していた。 - 永字八法のコメント欄も興味深いので見るといいですね。

ex_hmmt 個人的には、チラシの裏にこそ後世の研究対象が存在すると考えているので、可能な限りありとあらゆるものは作者の意向とは関係なく残されるべきである、と信じています。

 全く同感であって、時代の徒花こそ後世に遺す価値があろうかと。江戸時代の春画とかは貴重でしょ? nice ウタマロ! 日本人の触手萌えは既に俺が完成させていた!(by 歌麿)(半分嘘)
 ただ、「信じている」で締めるのはちょっと残念。受け取り用によっては「なんだ信仰の話かよ」で済まされる恐れがある。なので補強する。
 図書館はどんなものでも貪欲に収集して遺したいと本能の部分で考えているし、それが社会的な使命だし、法によってもそう定められている。極端な話著作権者が何を言おうと関係ないのだが、著作権者の中には、自分の作品を贋作呼ばわりしてさえもこの世から葬り去りたいと思っている人もいる*1
 今あげた例は画家であるが、本の著作権者の中にもそういう人はいるだろう。(たとえば、改心したトンデモ本作者とかは、自分の著作を葬り去りたいと思うかも知れない。……実際いるのかどうか知らんけど)図書館にいつまでもそういう「過去の汚点」が遺されるのを嫌がる人は、多分一定数常にいるだろう。そういう人に対して「いや、お前がどう考えようとも俺(図書館)は集めるから。ほら、納本しろよ」と迫るのは、現実的に見てあまりよろしい方法ではない。納本したがる人間が減ってしまうかも知れないからだ。(まあ、これも現実的に考えると、書庫の物理スペースの問題もあるので、あまり熱心に納本されても困ると言う論も成り立つのだが……)
 そこで、利害の対立する著作権者と図書館との落としどころとしては、「図書館は所蔵する。ただし、条件を満たさない限り公開しない」であろうかと。そして条件とは、ぎりぎり図書館側が譲歩して「著作権者の死亡」か「著作権の消失」が妥当なところかなあ、と。あ、著作権延長はんたーい。

*1:参考:ギャラリー・フェイク。写実派に転向したシュール・レアリズム派の画家の話