政治的な話はもうこりごりなはずなんだが、ちょっとだけ書く。

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51516373.htmlを見て思いついたことだけれども。
いわゆるひとつの「外国人排斥」に近い思想の持ち主の私ですが(ただ体制派・法を守れと言うだけで排斥派にされるとは、世の中どうかしてる)、漫画家の中には意外と容認的な人がいるよなー、と思いついたので、メモ。
と、言っても、二人しかいないんですが。
一人目は永野護御大。
最後の超帝國の騎士ナッカンドラ・スバースのエピソードで、「その国では世代を重ねた難民が迫害されている」と言う舞台設定があった訳で。
官憲は正面切って「お前らがいるから国が悪くなるんだ。とっとと帰れ」と言うような趣旨で難民を罵倒し、逆に難民は「もう世代を重ねて帰る場所などない」と反論する。この構図は、現代日本に住んでいる人間にとっては、ちょっともにょもにょしてくるよね。ただ、この国の場合難民が市民になる道がない(多分)せいもあるから、いちがいに現代日本と比較できないんだけど。
さらにこの舞台設定で、かっこいいスバースは悪辣な国家と戦うレジスタンスとして登場する訳で、自然読者の視点は難民に同情的な方向に誘導されてしまう。
永野御大がどういう思想かは多分、レディオス・ソープがバランシェと初めて会ったエピソードの発言に集約されるんだと思う。「何のための参政権」とか「議会をちゃんとみはってないから」とかなんとか。だから、「政治がうまくいかないとこういうことになるんだよ」みたいな例として、スバースの舞台設定があるのかも。
FSS自体はエルガイムから造反有理なストーリー構造を受け継いでいるから、これもその変奏曲の一つかも。腐った政治や国家は武力革命によってしか倒されない、みたいな。
もう一人は山本貴嗣御大。
「超」の時にすでに萌芽はあったような気がするが、「紅壁虎」では前面に押し出された難民擁護(?)。密入国で香港あたりから日本にやってきた大陸系の人々は入管を恐れ逃げ回る。「帰っても生活できないから!」それを守る正義のヒロイン紅壁虎(ホンピーフー)! カルデロン一家の裁判とか見た後だともにょるもにょる。
もっとも、山本御大はそういう思想的なところじゃなくて、嗜好的なところで大陸系のものを肯定してるように思えるからなあ。「セイバーキャッツ」みたいに。
この辺のネタは、もうちょっと掘り下げてみたいな。