キーワードはpublicなものかprivateなものか

キーワードの内容を変更することに対し、抵抗感を持つ人々がいるらしい。
はてなのキーワードは、そのトップページ(http://d.hatena.ne.jp/keyword/)を引用するならば、「みんなで編集する」ものであり、「辞書みたい」なものだそうだ。
これは言い換えると「ユーザー全員に編集権があり」「辞書に準じる」データベースとなりはしないか。
「辞書に準じる」のであれば、その記述について最も求められるべきものは正確性であろう。記載内容の正確さ、妥当性が最も強く問われるべきであり、そのために全てのユーザーに編集権が与えられていると解釈できる。ルールから考察する理念は、「正確さを担保するために知っている人間に頑張ってもらう」とでもなろうか。
よってキーワードとは公的な物であり、その内容の正確さを保つことに比すれば、記述者一人一人の面子などは遥かに優先順位が低くなる。
これは言わばキーワード=Public論であり、ルールから虚心に導き出される物であると考える。
しかし昨今のはてなには、これほどユーザーが増えれば当然のことながら、別の考えを持つ人間が入ってくる。キーワード=Private論の持ち主たちである。
この一部の人々は、キーワードはそれを作った本人の物と言う意識があるらしい(それを自覚しているかいないかはともかく)。当人がそう思っているので、自分の書いたキーワードを書き換えられると烈火の如く怒るし、その裏返しとして他人の作ったキーワードを他人のテリトリーとみなし、書き換えることを躊躇する。下手にいじると怒られはしないかと恐れているのである。自分がそうだから、他人もそうだと言う思考の結果である。しかしその他者への配慮により、キーワードの正確さが損なわれている面もある。
この二つの論はモヒカン族ムラ社会人の衝突である。違う考え方を持つ人々が、キーワードの書き換えを通じて出会い、対立しているのだ。
今後、ムラ社会人ははてなコミュニティにさらに流入してくるだろう。初期からいるモヒカン族との衝突は各所で起こりうるところである。その対立を回避する効果的な手段を私は知らない。
ただ、想起して欲しい。はてなキーワードがWeb上の情報源としてWikipediaなどと同列に扱われるのは、登録された語彙の豊富さに加え、その正確さ(を保証する仕組み)に負う所が多いからだ。
コミュニティの「空気」はそこの住民が決定する。その「空気」が必要ないと認めるのであればともかく、今現在すでに確立されているはてなキーワードの価値を、いたずらに貶めないよう全てのユーザーに呼びかけたい。