死の蔵書 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の蔵書 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の蔵書 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

この本のことを友人に話したところ、「それ、なんてとりみき?」と聞き返された。
タフな刑事が脚で犯人を探す、ハードボイルドな筋立てのはずだが、そこにある一要素を加えることで異色の作品に仕上がっている。
すなわち、主人公は本マニアだったのです。
この本のディティールを完全に理解するには、多分アメリカの出版事情について詳しい必要がある。私自身それほど詳しい訳ではないが、アメリカには日本と比べて再販制度はなく、新刊本の値段は日本の約2倍(これはむしろ世界的に日本が安いのだが)。再販制度がないために本屋は本をディスカウントして売ることができるし、プレミアがついた本を逆に高く売ることもできる。それができるのは日本では古本屋や個人だけだが、アメリカでは普通の本屋がそういうことをする。もっとも、古本の買取をするかしないかは色々あるようだが。
そんな訳で、価値のわかる人間にとってスティーブン・キングの初版本などは100ドル札に見えるのだが、価値のわからない人間にとってはただの古本にしか見えず、ブックオフ(のような店)に100セントで売ってしまう。
なのでアメリカには、ゴミ集めならぬ本集めをするホームレスやアルバイトがおり、価値のわからない古本屋やゴミ捨て場や救世軍の放出品などをさぐって価値のある本を見つけ出し、それを古本を扱う価値のわかる店に買ってもらうことが普通に行われていると言う。無論、世の中には本を読まない人種もいるので、これらはマイノリティであると断言できるのだが。
そんな本探しをする人間の一人が殺された。その殺人事件を担当するのが、元ボクサーの刑事でありながら、その都市中の古本屋と面識のある本マニアである主人公だった。
古本屋たちの間をめぐりながら、本のウンチクを交えつつ、話は進む。たまたま入った古本屋で店主と買取希望の客が値段交渉で紛糾しているのを調停したりと、本マニアなところを見せる。それは初版に見えるが実は○○の再版した本で価値はないとか、○○の初版の○ページには誤植があって、とか。
さらにはストーリー中、ついに警察を辞めて本屋を開く。顎が落ちたね。主人公を刑事にしたのは、最初に殺人事件に絡めるための方便だったんだ!
ミステリとしても、最初はハードボイルドに見せながら最後はクリスティーにいつのまにか変わっているなど技巧派だ。
本好きのミステリ好きにおすすめ。