序文

ことの発端は、探偵儀式か何かの煽り文句だったと思う。探偵連続殺人事件、しかも全部密室。そんな内容だったような。
すると、密室トリックを考えるのも大変だし、読者だって解くのが大変だ。だから、密室トリックを解くための定量的な解法、アルゴリズムが作れないかと思ったのだ。解法がわかれば、逆に作ることもできるはずだし。
まず、密室殺人とは、大いなる矛盾を含む言葉であることに着目されたい。それは、殺人を含む犯罪が目指すところは、完全犯罪、つまりその出来事が犯罪であることが誰にもわからないようにすることである。もっと理想を言うならば、事が露見しないことでもあるが。
従って死んだ人間が発見され、それが死んだ時間に密室内部にいて犯人がいないと言うのであれば、それは密室自殺でなければ本来はならない。
明らかに他殺(殺人)である死体が通常は殺害不可能な状況(密室)で発見されるので密室殺人と言うのだ。他殺である以上は犯人がいる訳で、実際のところわざわざ密室にする意味はないのである。密室殺人は殺人学の観点からすると実に欠陥の多い殺害方法であろう。捜査の撹乱をするためにしては効率が悪すぎる。
さて、用語の定義について最初に触れておく。

被害者
殺人者によって密室内で殺される人物
殺人者
被害者を密室内で殺す人物
密室
出入りのできない空間。少なくとも、殺人者が被害者を殺害し、他の人物によって発見されるまでは出入りができないことが証明されている空間。また、被害者が死体になって発見された時、密室内には殺人者はいない。

なお、この定義は飽くまで表面的なものである。
初歩の論理学を拝借するならば、密室殺人は矛盾を含む命題である。
「部屋の中に死体が一つ。全ての状況がこれを他殺であることを示している。殺害時間と目される時間帯に、部屋は密室であり、その後発見されるまで密室でありつづけた。そして密室が破られた時、部屋のどこにも犯人の姿はなかった」
これが基本の状況であり、矛盾していることは確実だ。しかしここに論理学の「前提が偽ならばそこから導き出される過程と結論は全て偽」と言うよく知られた法則を適用するならば、「密室だった」と言う前提を崩せばそれは密室殺人ではなくなるのである。「密室を解く」とは、「密室である前提を崩す」と言う作業に他ならない。
次の項目からは、本当にそれが密室だったのかどうか、密室のタイプと絡めながら考えていく。